北里柴三郎
Kitasato Shibasaburo(1853-1931)
近代日本医学の父。破傷風菌の純粋培養に世界で初めて成功し、血清療法を確立。ペスト菌の発見者。北里研究所創設者。慶應義塾大学医学部初代部長。日本医師会初代会長。
新千円札(2024年〜)
Prologue ── はじまり
GAUDIE店長の南澤です。
「偉人サロン」第3回のお客様は、新千円札の顔──北里柴三郎先生です。
「近代日本医学の父」と呼ばれ、破傷風菌の純粋培養、血清療法の確立、ペスト菌の発見と、世界の医学史を塗り替えた方。しかし私がこの方に最も惹かれるのは、その「精密さ」への執念です。
目に見えない細菌を相手に、一切の妥協を許さなかった北里先生。その姿勢は、私たちがクロコダイル革と向き合う姿勢と、どこか深いところで通じるものがあるのです。
Act 1 ── 来店
冬の朝、蔵前の本店サロンに、背筋のまっすぐな紳士が現れました。
黒のフロックコートに身を包み、鋭くも温かい眼差しをお持ちのその方は、サロンに入るなり、陳列されたクロコダイル革をじっと見つめておられました。
「南澤さん、私は長年、目に見えないものと闘ってきました。細菌という、肉眼では決して捉えられない敵です。」
北里柴三郎先生──熊本の武士の家に生まれ、「医者や坊主にだけはなるまい」と言い張っていた少年が、やがてドイツのコッホ研究室で世界を驚かせる発見を成し遂げた方です。
「しかし今日は、目に見えるもの──この革の表情と向き合いたいのです。」
先生はそうおっしゃって、静かに微笑まれました。
Act 2 ── 対話
私はいつものように、クロコダイル革を広げてお見せしました。
「北里先生、クロコダイルは個体差の素材です。1つとして同じ柄のものはありません。」
先生は革に顔を近づけ、腑柄の一つ一つを丹念に観察されました。まるで顕微鏡を覗くように──いえ、それ以上の集中力でした。
「なるほど。この凹凸の一つ一つに、個体の生きた証が刻まれているわけですな。私が培養した破傷風菌も、一つ一つの菌株に個性がありました。生き物とは、そういうものです。」
私は驚きました。クロコダイル革の腑柄を「生きた証」と表現されたのは、先生が初めてです。
「先生、仕上げについてお伺いしたいのですが。マット仕上げは落ち着いた風合いで、グレージング仕上げはメノウ石で磨き上げた光沢が特徴です。」
先生は少し考えてから、こうおっしゃいました。
「南澤さん、私は研究において、曖昧さを一切排除してきました。顕微鏡のレンズは、曇りがあっては真実が見えない。透明で、精密で、一点の曇りもない──そういうものに惹かれるのです。」
グレージング仕上げ。先生の答えは、研究者らしく明快でした。
「それから、革の種類ですが──」
「最も精緻なものを見せてください。」
私はポロソス──スモールクロコダイルの革を取り出しました。「革の宝石」とも称される、最高級のクロコダイルです。腑柄が細かく均一で、グレージング仕上げにした際の光沢感が格別です。
先生は革を手に取り、光にかざしながらおっしゃいました。
「これだ。この均一さ、この精密さ。まるで、完璧に培養された菌のコロニーのようだ。」
Act 3 ── 提案
先生との対話を重ねるうち、私の中に一つの確信が生まれました。
二つ折り財布。素材はポロソスのグレージング仕上げ。色は──漆黒。
「先生、二つ折り財布をご提案したいのです。」
「長財布ではなく、二つ折りですか。」
「はい。先生は『予防医学』を生涯の信条とされました。必要なものを、必要な分だけ。無駄を削ぎ落とし、本質だけを残す。二つ折り財布は、その精神に最もふさわしい形だと考えました。」
先生は小さく頷かれました。
「そして色は漆黒です。一点の曇りもない黒。先生がコッホ研究室で顕微鏡を覗かれた時、暗闇の中に真実を見出されたように──漆黒の中にこそ、ポロソスの腑柄の精緻さが最も際立ちます。」
「なるほど。闇の中にこそ、真実が浮かび上がる。細菌学者としては、共感せざるを得ませんな。」
私は続けました。
「仕立ては、うちの職人・比留間にお任せいただきたいのです。通称『切り目の鬼』。クロコダイルの財布を作らせたら日本一の男です。」
「切り目の鬼、ですか。」
「はい。比留間の仕事は『軽くてスッキリ、しかも丈夫』。革の断面を正確に切り揃え、一切の歪みなく貼り合わせる。その精密さは、先生の研究に通じるものがあると、私は常々思っておりました。」
先生の目が、初めて少し和らぎました。
「南澤さん、あなたは面白いことを言う。革の職人と細菌学者の仕事が通じると言うのですか。」
「はい。目に見えない精度を追求するという点で、同じだと思うのです。」
Finale ── 完成
比留間が仕立てた二つ折り財布を、先生にお渡しした日のことは、鮮明に覚えています。
先生は財布を手に取ると、まず表面を指先でゆっくりと撫でられました。次に、財布を開き、内側の仕立てを確認されました。そして、革の断面──コバの処理を、じっと見つめておられました。
「南澤さん、このコバの処理を見てください。一切の乱れがない。」
「はい。比留間の切り目仕立てです。」
「私がコッホ先生の研究室で学んだことの一つに、『準備の精度が結果の精度を決める』という教えがあります。培養器具の洗浄、培地の調合、温度の管理──すべてが正確でなければ、正しい結果は得られない。」
先生は財布を閉じ、掌の中でその重みを確かめるようにされました。
「この財布には、その精度がある。革の選定、裁断、仕立て──すべての工程に、一切の妥協がない。」
ポロソスのグレージング仕上げは、サロンの光を受けて、透明感のある漆黒の光沢を放っていました。「革の宝石」と呼ばれる所以が、先生の手の中で静かに証明されていました。
先生は最後に、こうおっしゃいました。
「南澤さん、私は生涯をかけて『予防』の大切さを説いてきました。病気になってから治すのではなく、病気にならない体を作る。この財布も同じですな。壊れてから直すのではなく、最初から壊れない精度で作る。これは──道具ではなく、信念です。」
私はその言葉を聞いて、比留間の仕事が報われた思いがしました。
「切り目の鬼」と呼ばれる男の、目に見えない精度へのこだわり。それを、目に見えない細菌と闘い続けた北里先生が認めてくださった。
「クロコダイルは個体差の素材です」──私がいつもお伝えするこの言葉に、北里先生は新たな意味を加えてくださいました。個体差とは、すなわち「生きた証」である、と。
一枚一枚異なる革の表情。一人一人異なるお客様の人生。そして、一つ一つ異なる職人の手仕事。その三つが出会う場所が、ガウディの本店サロンです。
北里先生、ありがとうございました。先生の「精密さへの信念」は、これからも私たちのモノづくりの指針であり続けます。
Completed ── 完成品

北里柴三郎のための一品 ── 二つ折り財布(小銭入れ付き)
ポロソス(スモールクロコダイル) / グレージング仕上げ / 漆黒
※ イメージ画像です。実際の製品とは異なります。
Product Specification
北里柴三郎の一品

二つ折り財布(小銭入れ付き)
ポロソス(スモールクロコダイル)
グレージング仕上げ
漆黒
- ─ ポロソス(グレージング仕上げ)
- ─ 漆黒
- ─ 比留間氏による精密な切り目仕立て